今まで自らを悲観し、蔑み、呪い、世界を憎むことに何か意味があったのだろうか。
自分に対して劣等感を持ち、他人に嫉妬する事に意味はあったのか。
自分を追い込んだ先に光が見える事は結局なかった。
暗い部屋にカーテンを閉めてさらに暗くしたって明かりがつくことは永久にない。
暗かったら明かりをつければいい、火をともせばいい。
明かりがなくたって窓を開ければ柔らかい月の光が部屋に差し込み、空を見上げれば奇麗な星空が輝いているのに。
世界はこんなにも明るくて平和で楽しくて幸せに満ちあふれているのに。
きっと俺の眼が曇っていたから気づけなかったんだろう。
自分の気持ち次第で世界はいくらでも様変わりする。
つまらない人生を送るのは二度とごめんだ。
一体何の為に生まれてきたのかわからないじゃないか。
俺は人生を楽しむ為に生まれてきたのであって決してあるかもわからない、死んだ後とか将来のことを考え生きているのではない。
朝、目が覚めて窓の外を見れば勝手に空は明るくなっているし、桜は奇麗だし。雨の日は雨の日でいいもんだ。昼飯はパンの耳だけど凄く美味い。笑っている奴やかわいい子を見かければ嬉しいし、風呂につかれば極楽だし、暖かい布団にくるまればもう最高だ。
学校や社会、生活がつまらない、糞だと嘆いている人はたくさんいる。しかしそんなことは決してありえなく、つまらないとすればただ単にその人の頭の中がつまらないんだろう。
もう、このブログは俺には必要ないだろう。
もう二度と、人生がつまらない、最悪だとか愚痴をこぼすことはしない。それがこれからの俺の信念である。
- 2006/04/11(火) 15:17:07|
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どんなに小さな部屋でもいい。
どんなに汚い部屋でもいい。
プライベートな空間があるだけでどれだけ落ち着く事だろう。
この部屋と、喫茶店にいる時が一番落ち着く。
自分を偽らなくていいのだから。
だからこそ、この部屋は大事にしたい。
好きな物を飾って、より居心地がいいように。
一番無防備になれる場所なのだから。
別にいつまでもここに居るわけじゃないが。
旅行も本当はしっかりした個室に泊まりたい。
安く住ませようと、漫喫や健康ランド、カプセルホテルにしてしまう。
ただ、ここだと常に寝るときも財布は盗まれないかとか、神経をすり減らすばかりでまともに休めなかったりする。
人間には空間が必要不可欠。
- 2006/03/14(火) 11:15:08|
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部屋の状態はその人の心情を表すらしい。
俺の部屋はまぁまぁ奇麗。
でもどこか雑然としていてまとまりがない。
何だろう、統一性がないって言えばいいのだろうか。
家具、家電、置物のバランスが悪い。
まず、絨毯の上にこたつがあること。
和洋のコラボレーションは大失敗に終わる。
麻雀やるから仕方がないんだけどな…。
次に無造作に地べたに置かれたCDコンポ、電話機、炊飯器等々。。
インテリアとしての趣が何もない。
そして置き場所に困る青いバケツ。
当初ゲロ用に買ったが、未使用である。
今、部屋を客観的に見た結果わかった事が一つだけある。
全てが中途半端。
まるでこの部屋が俺という存在を如実に表しているような、そんな気がした木曜の夜。
- 2006/03/09(木) 23:24:43|
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夢は記憶を整理する為に行われているのだと言われているが、それだけではない。
どうも、ストレスを発散する一つの手段を担っているようだ。
自分が叶えたい願望がそのまま夢に出てくるという事はよくあると思う。
好きな人と一緒にいる夢が典型的じゃないだろうか。
記憶を整理するためだけならば、そのようなことは起きないはずだ。
しかも、このストレス発散の機能は、今までの経験からして夢を見た、見ないは大して関係ないと思われる。
見た夢を覚えているか、覚えていないかはそこまで重要ではないという事。
夢の中で体験した時点で、鬱憤を晴らしたのだから。
人はノンレム睡眠とレム睡眠の周期がある限り確実に夢を見ている。
寝ない限り夢を見ない日はない。
そしてその夢の中で自分の叶えられない願望を叶えている。
何故、このような機能が備わっているのだろうか。
それは、そうまでしないと現実で生きる事は困難だからではないか。
夢の世界でずっと暮らしたい。
そうすれば煩わしいこともない。
けれど夢は所詮持っている記憶で再現されたものでしかない。
煙草を吸わない人は、夢の世界でも煙草の味を知る事はできない。
- 2006/03/07(火) 11:56:08|
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